雑草と雑念
雑草を刈るというコスパもタイパも悪い行為から得られたメリットの話
こんにちは、精神科医しょうです。
私は都内にある、築50年の戸建て民泊を持っている。
昨日、そこにエアコンクリーニングの業者さんに来てもらった。
驚くほど綺麗になり、出てくる空気まで綺麗になった。
その帰り際、ふと気になって、
庭の雑草を刈ることにした。
暖かくなってきて、一気に伸びていた草たち。
除草剤も使わず、しゃがみ込みながら手で抜いて、ハサミで切る。
今の時代からすると、なんともタイパもコスパも悪い作業である。
腰に負担だし葉っぱはやけにチクチクと肌に刺さるし、土で手は汚れる。
謎の動物の糞に気づかずに素手で触ってしまい、うんがついているのかついていないのかわからない思わぬトラブルもあった。
でも、不思議なことが起きた。
雑草を刈っている間、頭の中の“雑念”から離れられたのである。
目の前の草を抜く。
土に触れる。
伸びた草を切る。
ただそれだけなのに、頭の中のノイズが静かになっていく。
まるで瞑想みたいだった。
脳が「今この瞬間」の感覚処理に集中すると、反芻思考に使われるエネルギーが少し下がる。
マインドフルネスや瞑想で言われる、“いま、ここ”に意識を戻す感覚に近い状態なのかもしれない。
今の社会は刺激が多い。
SNSを開けば、いいね、コメント、フォロー数。
気づけば、常に何かを比較している。
AIによって、これからさらに多くのことが効率化されていく。
情報は増え続け、社会はもっと速く、複雑になっていくのだと思う。
でも、そんな時代だからこそ、逆に必要になるものもある気がしている。
それは、“身体を使う感覚”だ。
土に触れる。
汗をかく。
目の前の作業に集中する。
そんな原始的な行為によって、人間は少しだけ頭を静かにできるのかもしれない。
もしかすると、現代人に必要なのは、
効率化の先にある“非効率”なのかもしれない。
雑草刈り。
騙されたと思って、一度やってみてほしい。
きっと得られるものがあるから。




記事を拝読し、非常に深く頷きながら読ませていただきました。
日々の病院運営に関わる中でも、絶え間ない情報処理と決断の連続で、常に頭の中がフル稼働して疲弊している医療スタッフの姿をよく目にします。そんな時、スマホを置いて「いま、ここ」の身体感覚に集中する非効率な時間は、何よりの精神的なリカバリーになりますね。
効率化ばかりが求められる社会の中で、心の健康を守るための大切なヒントをいただきました。心温まるご発信をありがとうございます。
しょう先生ご無沙汰しております
先生がサブスタを始めると言うことで、
初めてSNSを登録しました!
投稿はできるかわかりませんが…
草刈り、私もワンコの散歩後に少しずつしています!
なんか気持ち良いですよね
風やお日様を感じたり、土の匂いを感じたり…
私にはとっても良い時間です