医師の世界における他者との比較
医師の世界と「周りに合わせる安心感」
こんにちは、精神科医しょうです。
今日は医師の世界における他者との比較について書きたいと思う。
医師の世界でも、強烈な他者との比較がある。
特に感じるのは、結婚のタイミングだ。
医学部を卒業したタイミング。
そして、初期研修2年目が終わったタイミング。
この二つが、医師の世界における“結婚の大きな波”のように感じる。
もちろん全員ではない。
でも、この波に乗り遅れると、
「あれ、まだ結婚してないんだ」
という空気を少なからず感じることがある。
以前、後輩の女性医師と話していた時も印象的だった。
「周りが結婚したタイミングだったから」
「周りが子供を産み始めたら、自分も産むかもしれない」
そんな言葉が自然と出てきた。
私は昔から、周囲に合わせることがそこまで得意ではない。
だから、
「周りに合わせるのって疲れないの?」
と聞いてみた。
すると彼女は、
「むしろ、そのほうが安心する」
と言った。
その言葉が、妙に印象に残っている。
人は、何かを決断する時、かなりエネルギーを使う。
結婚。
出産。
キャリア。
人間関係。
どれも正解がない。
だからこそ、
「周囲と同じタイミングで動く」
ということ自体が、
ある種の“認知的コスト削減”になっているのかもしれない。
スティーブ・ジョブズが毎日同じ服を着ていた話は有名だ。
「服を選ぶ」という小さな意思決定を減らすため、と言われている。
同じように、
「みんなが結婚し始めたから」
「周りが子供を産み始めたから」
という流れに乗ることも、
大きな決断に伴う不安や迷いを減らす効果があるのかもしれない。
医学部という環境も、かなり“同調”が強い世界だった。
周りと同じことをしていれば、留年しない。
これは半分冗談で、半分本当だったように思う。
実際、周囲とうまく馴染めなかった学生が、
試験対策の情報不足によって苦労する場面もあった。
医師の世界は、
知識だけではなく、
コミュニティへの適応もかなり重要だったりする。
もちろん、これは医師の世界に限らない。
どの世界でも、
「周りと同じように動く」
ことにはメリットがある。
孤立しにくい。
情報が入る。
安心感がある。
失敗しにくい。
社会性とは、
ある意味では“同調能力”なのかもしれない。
ただ、私は昔から、
どうもそこが少し苦手だった。
もちろん、
社会生活の中で、
周りに合わせて行動してきたことは沢山ある。
そして、
実際それが“正解”だった場面も多い。
でもどこかで、
「本当に自分はこれを望んでいるんだろうか」
と考えてしまう。
最近、その感覚をSubstackでも少し感じている。
今のSubstackでは、
各地で“フォロー祭り”が起きている。
相互フォロー。
おすすめ紹介。
参入報告。
Substackにノート機能というSNS的要素が追加された以上、
これは自然な流れなのだと思う。
そして実際、
今は一部の強いインフルエンサーが流入し、
そこに人が集まり始めている段階だ。
ある意味、
「今のうちにポジションを取る戦争」
が起きている。
だから、
この波に乗るべきという主張も理解できる。
でも、
私はSNSというものが、
走り続けるほど少しずつ“自分のペース”を失っていく感覚を知っている。
本当は、
静かに文章を書きたかったはずなのに。
気づけば、
数字を見てしまう。
フォロワー数。
購読者数。
反応。
伸び。
そして、
「誰に届けたいか」より、
「置いていかれたくない」
が目的になっていく。
ああ、これ、
私もすごくわかる。
だから今、
この“戦争”の中で、
疲弊しながら走り続けるのか。
それとも、
少し社会性に乏しい私は、
マイペースに歩いていくのか。
おそらく後者なんだと思う。
もちろん、
それが正しいかはわからない。
でも少なくとも、
私は、
「この人の文章、なんか落ち着くな」
と思ってくれる人に向けて、
静かに文章を書いていきたい。
そんなことを、
最近よく考えている。




記事を拝読し、とても静かで温かい気持ちになりました。「周りに合わせる安心感(認知的コストの削減)」と「自分のペースを見失う怖さ」の対比が、非常に美しく言語化されていますね。
日頃、相手を評価せずありのままを受け止める対話の姿勢を大切にしていますが、これは自分自身の心の声に対しても同じなのだと改めて感じました。数字や競争の波から少し距離を置き、「静かに文章を書いていきたい」というご決断は、ご自身を大切にされる素晴らしい選択だと思います。これからも、心がホッとするような文章を楽しみに拝読させていただきます。
他者との比較や、SNSの数字を追う焦りというのは、武道や身体感覚の視点で見ると「外側の動きに振り回されて、自分の重心(気)が浮いてしまっている状態」と同じですね。
周りの波(フォロワー獲得の戦争など)に同調して安心するのではなく、静かに自分のペースで書き続けるという先生の姿勢には、まさに肚が深く据わった人ならではの、揺るぎない重みを感じます。
読者が先生の文章を読んで「落ち着く」と感じるのは、その言葉が表面的な思考からではなく、ご自身の深い重心から発せられているからだと思いました。