こんにちは、精神科医しょうです。
診察室に入ってきて、椅子に座るなり、彼女は言った。
「すみません、こんなことで来てしまって」
まだ何も話していないのに、
もう謝っている。
エレベーターで先に降ろしてもらった時。
落とした物を拾ってもらった時。
上司に相談に乗ってもらった時。
「すみません」
「ごめんなさい」
一日に何回言っているか、数えたことはありますか。
たぶん、思っているより、ずっと多い。
私は長いあいだ、
これは謙虚さだと思っていた。
でも、外来で話を聞いていくうちに、
少し違うのかもしれないと思うようになった。
「ありがとう」と「ごめんなさい」は、
似ているようで、まったく別の言葉だ。
「ありがとう」は、受け取る言葉。
「ごめんなさい」は、帳消しにする言葉。
好意をもらった時。
「ありがとう」と言えば、
その好意は、自分の中に残る。
でも「ごめんなさい」と言えば、
借りを返して、なかったことにできる。
つまり。
謝りぐせのある人は、
人からの好意を、受け取らないようにしているのかもしれない。
なぜだろう。
彼女はこう言った。
「してもらうと、申し訳なくて。私、そんな価値ないので」
その言葉を聞いたとき、
私は、子供の頃の話を思い出していた。
彼女は、褒められた記憶が、あまりないと言っていた。
怒られたことは、たくさん覚えている。
比べられたことも、覚えている。
でも、何もしていない自分を、
そのまま喜ばれた記憶が、ほとんどない。
好意を受け取るのって、
実は、練習がいることなんだと思う。
受け取り方を教わらないまま大人になると、
もらった瞬間に、どうしていいかわからなくなる。
だから、とりあえず謝る。
それに、もうひとつ。
「ごめんなさい」は、
相手の機嫌を先回りして下げておく、保険でもある。
先に自分を悪者にしておけば、
相手が怒る理由は、なくなるから。
正直に言うと、私も言ってしまう。
外来が長引いた時、次の患者さんに「すみません」と言う。
本当は「待っていてくれて、ありがとうございます」なのに。
日本語は、ややこしい。
「すみません」は、感謝の意味でも使えてしまう。
だから、癖になっても仕方がないと思う。
ただ、もし。
一日に一回でいい。
「ごめんなさい」を、「ありがとう」に置き換えてみてほしい。
席を譲ってもらった時。
話を聞いてもらった時。
「すみません」ではなく、
「ありがとうございます」と。
たぶん、最初はすごく言いにくい。
喉のあたりで、つかえる感じがすると思う。
それでいい。
あなたが謝るより、
喜んでくれたほうが、
相手はきっと、うれしい。
受け取ることは、
わがままじゃない。




「ありがとう」は好意を受け取る言葉であり、「ごめんなさい」は借りを返してなかったことにする言葉だという対比にすごく納得しました。親切にされたときにとっさに謝ってしまう背景には、単なる謙虚さだけでなく好意を受け止めることへの戸惑いがあるのだと分かり、日頃使っている言葉の役割を改めて考えさせられます。