こんにちは、精神科医しょうです。
先日の外来で、
ある方がこんなことを話してくれました。
「夫の機嫌が悪いと、
家の中の空気が、
全部変わってしまうんです」
その方は、
夫が帰ってくる音で、
今日の機嫌が分かると言いました。
玄関のドアの閉め方。
靴の脱ぎ方。
最初の一言のトーン。
それだけで、
今夜どう過ごすべきかを、
瞬時に判断している。
「気を遣いすぎだって、
自分でも分かってるんです」
そう言って、
少し笑いました。
これは、
決して珍しい相談ではありません。
外来では、
本当によく聞きます。
上司の機嫌が悪い日は、
一日中、仕事が手につかない。
職場に不機嫌な人がいると、
自分が責められている気がする。
親からの電話は、
声のトーンで身構えてしまう。
相手が誰であっても、
共通しているのは、
その人の機嫌が、
自分の心の天気を決めてしまう
ということです。
こういう時、
周りからはよく、
こう言われます。
「気にしなければいいのに」
「あなたのせいじゃないよ」
正しいと思います。
でも、
言われた本人は、
たいてい、
こう思っている。
——そんなことは、
分かっている。
分かっているのに、
体が勝手に反応してしまう。
相手が不機嫌になった瞬間、
心臓が速くなる。
肩に力が入る。
頭の中で、
自分が何かしただろうかと、
探し始める。
これは、
意志の問題ではないのだと思います。
では、
なぜここまで敏感になるのか。
診察の中で、
その方の子ども時代の話を聞いた時、
少し見えてきたことがありました。
その方の家では、
親の機嫌が、
毎日変わったそうです。
機嫌が良い日は、
優しい。
機嫌が悪い日は、
何をしても怒られる。
理由は、
本人にも分からない。
だから、
その方は、
覚えたのだそうです。
顔を見た瞬間に、
今日は安全かどうかを、
判断すること。
これは、
とても大事なことだと思います。
子どもにとって、
親の機嫌は、
ただの気分ではなく、
その日を無事に過ごせるかどうかを
決めるもの
だった。
つまり、
機嫌を読む力は、
わがままでも、
気にしすぎでもなく、
その環境を
生き延びるために、
必要だった能力なのだと思います。
正直に書くと、
以前の私は、
外来でこう言っていました。
「相手の機嫌は、
相手の問題ですよ」
——今思うと、
少し浅かったと感じます。
その人にとって、
機嫌を読むことは、
「余計なこと」
ではなく、
長い時間をかけて身につけた、
生き延びるための技術
だったのに。
それを、
簡単に手放せと言っていたのだと思うと、
少し申し訳なくなります。
ただ、
ここに難しさがあります。
かつて必要だったその力は、
大人になった今も、
働き続けている。
もう、
親の機嫌で
一日が決まる立場ではないのに。
相手が不機嫌でも、
自分が傷つけられるとは限らないのに。
それでも、
体が先に反応する。
昔のままの
警報装置が、
今も鳴り続けているような状態です。
だから最近、
私は、
こうお伝えすることがあります。
相手の機嫌に気づいた時、
無理に
「気にしないようにしよう」
としなくていい。
そのかわり、
心の中で、
一言だけ。
「これは、
今の私の危険ではない」
そう添えてみてください、と。
不機嫌な人がいる。
それは事実。
でも、
それが自分の安全を
脅かすわけではない。
その区別が、
少しずつつくようになると、
反応してから、
落ち着くまでの時間が、
短くなっていきます。
そして、
不思議なのですが、
この力が緩んでくると、
自分の機嫌にも、
気づけるようになる人が多いのです。
今まで、
相手の天気ばかり見ていた人が、
「そういえば、
私は今日、
どうしたいんだろう」
と考え始める。
それは、
とても静かな変化ですが、
大きな回復だと感じます。
最後に。
もし今、
誰かの機嫌に、
振り回されてしまう人がいたら。
それは、
あなたが弱いからでも、
考えすぎだからでもありません。
そうやって
自分を守ってきた時間が、
確かにあったということです。
その力を、
否定しなくていい。
ただ、
もう、
四六時中
見張っていなくても、
大丈夫な場所に、
今のあなたはいるのかもしれません。
いつか、
誰かの顔色ではなく、
自分の気持ちを見ながら、
穏やかに、
堂々と過ごせる日が来ますように。




「気にしなければいい」と頭で分かっていても体が勝手に反応してしまう理由について、かつてその環境を生き延びるために身につけた大切な力だったというお話にすごく納得しました。過剰に反応してしまう自分を「弱い」「気にしすぎ」と責めるのではなく、自分を守るための技術だったと受け止めてもらえるだけで心が軽くなりますね。